古都・京都の魅力

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金閣寺と銀閣寺の歴史について

金閣寺の起源は応永4年、室町3代将軍足利義満が造営した別荘・北山殿です。正式名称を鹿苑寺といいます。足利義満が死んだ後に、夢窓疎石を開山として臨済宗の寺院に改められたのです。北山文化の舎利殿は、2層と3層に金箔が貼られていて、池に美しく映っています。1層は寝殿造風、2層は書院造風、3層は仏殿造となっています。祖父である3代将軍・足利義満が建てた金閣寺にならい、室町8代将軍・足利義政が文明14年に山荘・東山殿を建立しました。これが銀閣寺です。足利義政が死んだ後に、遺言により禅寺となりました。国宝の観音殿や東求堂など、質素でありながら高貴さが漂う建物が立っています。

京都と新撰組について

動乱の幕末を駆け抜けていった若者たちがいます。それが新撰組です。誰でも一度は耳にしたことがあるでしょう。京都には、彼らの足跡が今でも残されているのです。新撰組ははじめは浪士組という名前でした。将軍警護を目的として集められた浪士たちが京都に入ったのが最初で、江戸の近藤勇や水戸の芹沢鴨らが組を抜けて改めて作ったものです。天然理心流道場試衛館の主である近藤勇、鬼の副長と恐れられた土方歳三、若い天才剣士といわれている沖田総司などをはじめ、総勢24名で始まりました。京都守護職に任ぜられた会津藩主松平容保のお預かりとなるのです。浪士組は壬生村の八木邸と前川邸に屯所を定めます。隊士はどんどんと増えていき、大所帯となっていきます。そして松平容保によって新撰組という名前をもらいます。新撰組が働いた事件で大きいものが池田屋事件です。都の焼き討ちを画策する尊皇派浪士たちを探し、池田屋での激闘の末これを阻止したのです。

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